故郷を語る

    何故、こんな夢を見るんだろう?
時々不思議に思う事がある。
高校の時の古文を教えて頂いた先生「塩小路貴和子先生」の夢を見た
名前も雅だけど容姿端麗(この先生のための言葉)で
声の素晴らしさ・・・
そこから醸し出される朗読、いつもだったらうるさい男子生徒もその時だけは静かに聞き入っていた
「春はあけぼの・・・」「祇園精舎の鐘の音・・・」「ゆく川の流れは絶えずして・・・」
枕草子、平家物語、方丈記を好きになったのも源氏物語を読み終えたのもこの先生のお陰だった。
      先日「故郷を語る」そんな会があってその準備で「故郷をどのように話そうか?」とずっと考えていた。
 私が故郷を思う時、いつも思い出す、口ずさむ歌がある
いつ、どこで聴いたのか覚えていなかった歌だがメロディーだけは鮮明に覚えていた
それが昨年母校(高校))で講演をさせて頂いた際(講演の中にこの歌をうる覚えながら入れた)分からないところはルールールルールーで、ところが講演終了後に「この曲、私の小学校の校長先生等が作られ今も歌われている歌です」と駆け寄って下さった先生がいらしたのです。
そこで今回「故郷を語る会」で歌おうとその時駆け寄ってくださったS先生の事を思い出しメールで教えていただいた。
お忙しい中S先生は色々調べてくださり
「ふるさと」の歌と言う題名という事がわかった
「水の上、雲流れ 水の底石歌う 
 草深く 牛眠り ひまわりは萌えめぐる
山々よ 野よ川よ 光舞え 風よ吹け
叫ぶとき そのこだま 地の果てに響き行き
水の上 雲流れ 水の底石歌う」
素朴だが美しいメロディー
ずっと耳から離れなかった、いつも心にあった曲だった!
私のふるさとはまさにこの歌詞にある風景そのもの・・・
その事を話した。
昨年 久々に訪れた母校での出来事でずっとうる覚えだった歌が
判明しその時の校舎、教室(建て替えられているが)のあちらこちらに思い出を垣間見る事が出来た事
から高校時代が蘇っての夢かも?
塩小路先生、お元気だろうか?
無性に会いたくなりもう一度あのお姿でお声で「夏は夜、月のころはさらなり 闇もなほ蛍の多く飛び違ひたる・・・」
聞きたくなった