2018年

10月

15日

深まりゆく秋

    10月に入って30度近い日があったかと思うとここ数日は寒いくらい・・・
今日は秋そのもの、あちこちの紅葉の便りがテレビから知らされる
そんな中、ドライブがてら美浦村にある木材店(店の棚用の)に出かけた
大杉神社、こうの大福店経由で・・・
目的店に着くとあまりに大きいお店にびっくり‼️木のいい香りがお店いっぱいに広がっていた
とても気の良い奥様とご主人様が優しく対応して下さった。
ぴったりの木を得ることが出来、又遠回り(秋を感じながら)して帰宅。
寒さが駆け足で来そうで冬物の衣類を用意する事にした。
秋が深まってくるといつも欲しくなるのが和菓子(黄身しぐれ)とお抹茶、熱いココア、鍋料理・・・
これらを味わうと寒くなるのも悪くない!といつも思う。
今日の収穫、真っ赤なカラスウリを飾った。


2018年

10月

08日

芸術の秋に・・・

    10月に入って30度近い日が続いたがやはり、秋の空気が流れ、空が広がっている
依頼された絵 を描き終えてもイーゼルにキャンバスをそのままに、そこを通るたびに次の絵の構想を練っている
芸術の秋にどっぷり浸かりたくて・・・
    つい先日に自分たちのコンサートを終え、ほっとするまもなく、昔の仲間のコンサートが目白押し・・・
一昨日は流山市「さやの会」のコンサートに出かけた。
声の素晴らしさは勿論の事、演出構成が素晴らしく次の曲は、ステージは何だろう?とワクワクするコンサートだった
みんな、いい年を重ねて尚エネルギッシュだった♪
一緒に行った友達と、「お得なコンサートだったね♪楽しかったね♪」と何度も言いながら帰ってきた。
そして、今日は地元混声合唱団のコンサート、大所帯ならではの大きな大きなコンサートだった。
元一緒に歌った仲間 そして現団員の一生懸命な姿にも感動した。
長年、遠くから通い続けていらっしゃるご高齢の方にお会いし歌うことの素晴らしさを改めて感じ、元気で歌える幸せをしみじみ思った。
夜になると草むらから虫たちのコンサート・・・なかなかのもの♪


2018年

10月

01日

30年歌い続けて・・・

    開演前、ドレス姿で緊張している仲間たち・・・

    今日から10月 名術ともに秋になった
昨日は私が所属している合唱団「コールヴァンヴェール   」の30周年コンサートだった。
台風が直撃と予想され、心配しながらのコンサートだったが何とか無事終えることができた。
    30年前 公民館のそばを散歩していると中から大好きな曲「エーデルワイス」の歌声が流れてきた。
早速ドアをノックし入団♪それから30年・・・
一つのことをこんなに長く続けられた事に自分自身驚いている
いい歌に沢山出会い、いい仲間にも出会った
    夜の練習にも拘らず楽しく歌ってきた
楽しいからやってこられたような気がする
30年続けて来たということはそれだけ年を重ねて来たということ
すごいな〜
そんな事を思いながら台風の置き土産の庭いっぱいの落ち葉を半日かけて掃いた
ゴミ袋5袋!
台風にもめげず頑張ったコンサート・・・
いい思い出になりそう♪ ♪ ♪

2018年

9月

24日

孫からのライン

     近くの若柴の道を1時間ほどウオーキングした
一週間前は何もなかった?そんなところに咲いた彼岸花・・・
お彼岸が終わるのと時を同じくして枯れていた
夏が背を向け、小さい秋がお目見えして来た
   汗をかいて家に戻ると、中学二年生の孫からラインが入っていた♪
「カラオケに行こう♪」と
ホイホイと返事をし、4人の孫と出かけた。
祝日のせいか、二件のカラオケ屋さんがいっぱい!諦めきれず3件目にアタック!
空いていた。
果たして孫達は何を歌うのだろう・・・?と興味しんしんだった。最近お友達と数回通ったみたいで機械の扱いもお手の物・・・
先ず中2の孫がマイクを持った!なんとびっくりするほど上手いのだ♪私は聴いたことがなくアニメソングだと言う
中1と6年の孫のデユエットの数々、これも中々上手い!一番チビ小3は「君が代」を・・・笑ってしまった♪
2時間歌った!
果たして私は・・・???
9月30日にある30周年コンサートに歌う「時代」を
練習した♪

2018年

9月

18日

イルディーヴォ を聴きに・・・

      待ちに待ったイルディーヴォ のコンサート♪
武道館まで出かけてきた
九段下の改札を出ると武道館、靖国神社へのアプローチは
桜と銀杏並木が続きその季節ごとの美しさを浮かべながら田安門の近くまで来ると
お堀近くに彼岸花が出迎えてくれた。
重厚な門を潜るとそこは武道館♪
心が高鳴って来た。
「イルディーヴォ 」
 イギリスからデビューした4人の男性ヴォーカルグループ
素晴らしい歌声とパフォーマンスに圧倒され、魅了され、酔いしれて帰って来た
今も頭の中、心の中は溢れんばかりの感動!
テーマは「Timeless」永遠に歌い継がれて行く曲・・・
オープニングからエンディングまでそれは完璧だった!
      行く前に銀座のある喫茶店に行きたくてそこを訪れ、本願寺を見学しその後すぐそばの築地のお寿司屋さんでお腹をいっぱいにし武道館へ・・・
幸せな しあわせな一日だった
今夜、夢で又イルディーヴォ に会えるといいな♪ ♪ ♪
会えますように♪

2018年

9月

10日

ハウザーのチェロを聴きながら・・・

   本格的な秋になりそう!明日はかなり涼しいと言う
そろそろ衣替えが必要とも・・・と天気予報
「何もない事が幸せ!」そんなコマーシャルがあるが今日のお休みは
全く予定がない
時間がゆっくりと流れている
依頼されている絵を完成させよう!とキャンバスに向かった
チェロが好きで、最近ハウザーにはまっている
特にアダージョが好きで繰り返し聴いた
美しい音色に感動しながら色をのせていった
そのせいかほぼ完成!
     夜はなぜかお鍋が食べたくなり、粕汁を作った
大好きな秋が、又一歩近づいて来たような気がした


2018年

9月

02日

哀蚊

「「哀蚊」。そう書いて「あわれが」と読む。太宰治の短編小説「葉」の中に出てくる。「秋まで生き残されている蚊を哀蚊と言うのじゃ。蚊燻(かいぶ)しは焚(た)かぬもの。不憫(ふびん)の故にな」。
 そう聞けば、哀蚊の「哀」にほだされて九月の蚊を打つ手もためらい、見逃してやるかという気にもなる。
 蚊に刺されても、かゆみを感じなかったという物理学者の寺田寅彦は「蚊のいない夏は山葵(わさび)のつかない鯛の刺身のよう」で物足りぬと書いている。」コラム東京新聞 筆洗より
   うちの庭は蚊が生きるのには絶好の場
いつもなら、夕方になると客席の蚊取り線香を欠かせなかった
ところが、今年は猛暑のせいか蚊の活躍をあまり感じなかった
     程よい気温になったらまた活躍するのだろうか
今日は涼しく蝉の鳴き声が虫たちにバトンタッチされたようで草むらから秋を奏でていた
 「哀蚊」と言う言葉を知った
俳句が浮かびそう???

2018年

8月

25日

義姉と・・・

     先日新潟の瀬波温泉、笹川流れに一泊の旅に出かけた
とても静かな美しい日本海がそこにあった
49年お兄さんの看病を続け終えて、悲しみを乗り越えて、新盆を終えての旅だった
親友であり義姉♪高校時代よく私の家に集まった5人の中の一人だった
母が「うちにはまだ結婚していない息子が二人いるので誰かお嫁さんに来てくれない?」
そう言うと尽かさず「はい!」と手を挙げたのが義姉だった
50年の付き合いだ
そんな義姉との旅、兄は運転手として・・・
なんでも話せる仲なのでそれはもう、途切れることのない会話「ワハハ!わはは!」の連続
遊覧船から眺めた笹川流れの絶景の数々、瀬波温泉のステキなホテルで夕日を眺めながらの温泉
美味しいお料理、満天の星・・・
何度も温泉に浸かり、何度も語り合った
49年間の疲れを温泉が洗い流してくれた気がする
義姉の顔が少しづつ穏やかになっていた
いい旅だった♪

2018年

8月

15日

終戦記念日

   晴天の日だった。頭に戦闘帽、足にスキー靴。1945年8月15日、花森安治さんはそんな格好で玉音放送を聞いた。「戦争に行かなくて済んだ。死なずに済んだ」。心からほっとした。
 東京・銀座の焼け野原に腰掛け、戦争をしないためにどうすればいいかを考えた。「暮らしをもっとみんなが大事にしたら、暮らしを破壊するものに反対するんじゃないか」。そう思い至った(『花森安治の従軍手(て)帖(ちょう)』)。この考えが自身が編集長を務め、3年後に発刊する雑誌『暮しの手帖』の原点になった。河北春秋 コラムより
 一昨日「駅の子」というドキュメンタリーを見た
その時代を子供として生きていたからこんな目に・・・
親を亡くし、親戚からも追われやむなく駅で暮らしていた子供達
まるで野良犬の様に虫けらの様に扱われた子達!
知らなかった!
初めて知った!
こんな悲惨な事があった事を!
大人たちが起こした戦争!
数年前見た報道写真、亡くなった弟を焼くために背負って焼き場に佇む幼い少年の姿が蘇って来た
その時も涙が溢れた
花森安治さんの言葉、「戦争をしないためにはどうしたらいいのか?」
本当に、どうしたらいいのだろう?
武器を核を必要としない世の中になるのだろうか?


2018年

8月

09日

北村西望

   広島に次いで長崎にも・・・
北村西望の造られた「平和祈念像」
天に掲げる右腕は原爆の脅威(きょうい)を示し、水平に伸ばした左腕は平和を表現。
そっと閉じた両眼は被爆者の冥福(めいふく)を祈る気持ちを表してるそう
西望のその想いを受け継ぎ常に平和を希求していかなければならないと思う
      大分前になるけど船越保武の「長崎26殉教者記念像」と「平和祈念像」を併せて拝見した事がある
船越さんの作品は表情や佇まいが、とても穏やかで美しく、強さもありながら自愛に満ちていた
その時も自然と手を合わせ祈った
     原子力の町、核を作っている町ハンフォードの人々は作っていることを誇りに思っているという!
そこにある学校の校章が何と原爆のキノコ雲なのだ!身震いした!
核兵器禁止(廃絶)を訴え続けている人(被爆者の生の想い)の話を聞いて考えが改まって行く様子がテレビで報道された
一人一人の小さな行動が大きな力になると


     



2018年

8月

06日

八月六日

     「人間が作ったものを人間が無くせないはずはない・・・」
今朝、8時15分、慰霊碑に向かって発せられた子供たちが訴えた言葉
広島を訪れたオバマさんの言葉「空から死が降ってきて世界が変わった」
      夜、NHKのドラマ「夕凪の街、桜の国」を見た
その中での「将来を自由に選択できる幸せ・・・」原爆を落とされた日一瞬にしてその自由を奪われた人のなんと多かったか!
     毎年この日の8時15分になると黙祷をしながら、祈り、決して戦争をしてはいけないと思う事しか出来ない私
原爆の恐ろしさ、愚かさを痛感した
毎年訴えられているのに未だ保有している国々
国連を動かすのも私たちの小さな声なのだろう
人が人を信じられない!それがある限りなくならないのかも?
 
    明日から香川の秦野の「じいじ、ばあば」のところに帰る孫たちとおみやげのクッキーを焼いた
何気ないこんな日々がしみじみと改めて平和のありがたさを思った
今日も暑かった
庭に真っ白く、百合の花が咲いていた


2018年

7月

28日

故郷を語る

    何故、こんな夢を見るんだろう?
時々不思議に思う事がある。
高校の時の古文を教えて頂いた先生「塩小路貴和子先生」の夢を見た
名前も雅だけど容姿端麗(この先生のための言葉)で
声の素晴らしさ・・・
そこから醸し出される朗読、いつもだったらうるさい男子生徒もその時だけは静かに聞き入っていた
「春はあけぼの・・・」「祇園精舎の鐘の音・・・」「ゆく川の流れは絶えずして・・・」
枕草子、平家物語、方丈記を好きになったのも源氏物語を読み終えたのもこの先生のお陰だった。
      先日「故郷を語る」そんな会があってその準備で「故郷をどのように話そうか?」とずっと考えていた。
 私が故郷を思う時、いつも思い出す、口ずさむ歌がある
いつ、どこで聴いたのか覚えていなかった歌だがメロディーだけは鮮明に覚えていた
それが昨年母校(高校))で講演をさせて頂いた際(講演の中にこの歌をうる覚えながら入れた)分からないところはルールールルールーで、ところが講演終了後に「この曲、私の小学校の校長先生等が作られ今も歌われている歌です」と駆け寄って下さった先生がいらしたのです。
そこで今回「故郷を語る会」で歌おうとその時駆け寄ってくださったS先生の事を思い出しメールで教えていただいた。
お忙しい中S先生は色々調べてくださり
「ふるさと」の歌と言う題名という事がわかった
「水の上、雲流れ 水の底石歌う 
 草深く 牛眠り ひまわりは萌えめぐる
山々よ 野よ川よ 光舞え 風よ吹け
叫ぶとき そのこだま 地の果てに響き行き
水の上 雲流れ 水の底石歌う」
素朴だが美しいメロディー
ずっと耳から離れなかった、いつも心にあった曲だった!
私のふるさとはまさにこの歌詞にある風景そのもの・・・
その事を話した。
昨年 久々に訪れた母校での出来事でずっとうる覚えだった歌が
判明しその時の校舎、教室(建て替えられているが)のあちらこちらに思い出を垣間見る事が出来た事
から高校時代が蘇っての夢かも?
塩小路先生、お元気だろうか?
無性に会いたくなりもう一度あのお姿でお声で「夏は夜、月のころはさらなり 闇もなほ蛍の多く飛び違ひたる・・・」
聞きたくなった


2018年

7月

24日

遠くを見る

春はうぐいすの鳴き声が目覚ましだった♪
最近は蝉の鳴き声と眩しい日差し・・・
春が過ぎ、梅雨を飛び越え、今、まさに盛夏
    昨夜から、夏休みに入った孫たちの恒例のお泊まり会!
全員集合で賑やかな夕食とおしゃべり・・・
親たちは帰りいよいよお泊まり会♪成長した男の子ばかりの孫だけどお食事の準備やらお片づけを手伝ってくれる
(今は男も女もないけど)
お食事さえ用意すれば大丈夫!私の役目も大分楽になった♪
    今日は見たいという映画「未来のミライ」を見に出かけた
それぞれに楽しめた様子(小3から中2だけど)だった
主人公の幼子「くんちゃん」妹が生まれたことで両親の愛情が自分から離れてしまったと思い
幼さゆえの可愛い反抗がくりかえされる
そんな中、成長した妹ミライに出会ったり、自分自身に、
そしてひいおじいさんと出会うシーンがあった
そこで話す言葉の中から少しずつ色々な事がわかって行く!
ちょっとしたことで泣きわめく怖がりやの「くんちゃん」
そんな「くんちゃん」にひいおじいちゃんの言った
「遠くを見て!」「遠くを!」
「くんちゃん」が徐々に理解していく
両親の愛情が妹にとられてしまった!そう思い込む「くんちゃん」が成長していくのだ。
    大人である私も近くにあることしか見ないで右往左往する事ばかり
よく言う「木を見て森を見ず」小さい事に心奪われてしまう
そんな事を示唆してくれた映画
果たして彼らはどう見たのだろうか?

2018年

7月

16日

炎天下で

     やはり今年も、恵の雨だけではなく想像絶する災害が起こってしまった
テレビの画面から流れる映像を見て「炎天下、大変な思いをされていらっしゃる被害者の方にボランティアの方々に只々一日も早い復興をと願うしか出来ない」
何をしても汗が噴き出す💦
一層のことこの暑さの中思いっきり汗をかこうと駐車場の草取りをした
シソジュースに塩を入れ万全を期してじっくり取り組んだ
草取りは意外に好きなのだが・・・しかし暑い!
   途中から息子夫婦と孫が手伝いに来てくれてきれいになった!
シャワー浴びて(これが楽しみで頑張れたけど)
被害地ではシャワーもままならない!
申し訳なさを感じながら汗を流した

2018年

7月

08日

フジコヘミング

     朝起きると青空が広がっていた
最近お店が忙しいので体を休めるため時々2連休を作ることにしたので
もしかしたら蛍に会いに行けるかも?と
諦められなくて月夜野の観光課に電話でお天気を聞いてみた
雨模様だという、残念!
何故こんなに蛍の光に惹かれるのだろう?
幼い頃カルタに書かれていた絵と言葉「ほ、ほ、蛍の豆提灯」と細い草の上で可愛い蛍が豆提灯を肩にかけている絵なのだ!この時期になると思い出す♪
    そこでかねがね見たかったフジコヘミングのドキュメンタリー映画を見に行こうと出かけた
スウエーデン生まれで画家の父、(フジコの絵日記の素晴らしさは父の影響)日本人のピアニストの母のもとに生まれ厳しい母の教育があって今の素晴らしいピアニストフジコが在るのだ
カラヤンに見出され今からという時に聴力を失い、貧乏をし、長い間陽の目を見ずの時代が続き60歳になって実力を見出されたという(実力はあったのだけど)
紆余曲折があり
今、80歳を超えエネルギッシュな心温まる演奏を世界あちこちで行っていらっしゃる
子供がいないので猫や犬を殊の外愛していらっしゃる
映画の中でこんな事をおっしゃっていらした
・人生は時間をかけて自分を愛する事だと
・譜面に書いてないことをイメージを持って弾のだと
   恋をし、やぶれ、そして今も尚恋をしそれが独特なフジコの音色になっているのだと思った
古くて良いもの(調度品、窓のガラス)を好みそんなものに囲まれた生活をあちこちに垣間見ることが出来た
自分の名前を残すのでなく家を残したいそう(どう生きてきたか?家を見るとわかるのだろう、林芙美子の家を見たりするのが好きだという)
ドイツの家もフランスの家もアメリカ、東京、京都と全てが古い家!それを手入れし温かい空間に作り上げその中で音が生まれて行く
ラ、カンパネラは誰にも負けないとおっしゃっていらした
いい映画だった